「黒子のバスケ」脅迫事件 被告人の最終意見陳述全文公開を読んだ所感。それもこれも全部ひっくるめてあんたが自分勝手だからだ。

「黒子のバスケ」脅迫事件 被告人の最終意見陳述全文公開を読んだ所感。それもこれも全部ひっくるめてあんたが自分勝手だからだ。:

昨日、ワークショップの打ち上げで、「無敵の人」という言葉が出てきて、失うものがない人間による自爆テロ的犯罪は、今後も増えて行くだろうから、どうすれば防げるのか、などという会話があった。


犯罪には、その犯罪を行わなければ自らのアイデンティティが崩壊してしまうがゆえに犯行に及ぶ、ある種の「型」がある。

それは、代々医者の家系が、暗黙のうちに子どもに「医大へ行き、医者になる」ことを強制しているのと同じように、「無敵」に代表されるような孤立した人間は、犯罪を行う以外に生きている証拠がない、という場合がある。



こうした犯罪は、ほとんどの場合、世間を賑わす。

世間が賑わえば、孤立ではなくなるので、こうした犯罪の抑止には徹底的な無関心以外にないのだが、知りたがりの大衆に向け、これら「不可解な事件」はあらゆる報道から逃れる術を持たない。


「黒子のバスケ脅迫事件」の最終意見陳述だが、全部読んだ。


いままで溜まっていた鬱憤を晴らすかのような饒舌ぶりは、腹立たしいことに、満足の現れだろう。

彼には37年の間に、同様の自己分析をするチャンスはいくらでもあった。それをしなかった、できなかったのは、彼が彼の言う「浮遊霊」や「埒外の民」だったからかもしれないが、刑務所に入ったとたん目覚めたのは、彼が犯罪によって「世間に自己を承認させるのに成功」したと感じているからに他ならないだろう。


印象的なのは、彼は自分を「誰も理解できるはずがない」と思っているようだが、その反面、理解して欲しいオーラがハンパないことだ。


実は彼の思考は、彼が自分で思っているよりは遥かに、多くの人が理解できる「普通の思考」なのだが、他人に興味がない彼にはそれがわからない。


それは彼の言う「認知の歪み」によるものなのかもしれないが、鼻につくのは再三にわたり出てくる、「普通の人」という言葉。


自分を特別視することで心のバランスをとること自体は否定するものではないが、彼がこれまで自己を客観視できなかったのは、要するに自分自身のことを、他人より有能だと思っている(現在進行形)ことが影響しているように思えた。


自分が理解されない原因を、「周囲が無能だから」ということにし、無意識的にか意識的にか、周囲の人間の言うことややることを不当に評価してきたのではないか。


どうせわかってくれないから、今までは有能さを証明する意欲も必要もなかったが、事件で多少社会との接点ができた今、わかってくれるかもしれないという一縷の望みが出てきた。だからこそ、饒舌になっているようにも思える。


しかし彼の陳述は幼稚だ。


自分のことを理解してもらえないという不満や葛藤は、彼のような「特殊」な人の特権ではなく、誰にでもあることだ。

むしろ理解してもらえるわけがない。

自分でも自分のことを完全に把握できないのに。

彼が本当に「自分のことを理解できる人はいない」と考えているのなら、長々と陳述することはあり得ない。


つまり単なるかまってくんだが、かまって欲しい割には大げさに参考文献を並べて、社会体制やマスコミを批判する。

しかしマスコミは真意と違うことを報道する、と苦言を呈すその姿勢は、それこそ彼が今まで求め得なかった「社会との糸」に他ならないのに、彼は終始そのことを自覚せず、饒舌に批判を繰り返すだけだ。


彼は自分で思っている以上に社会とのつながりがあったが、彼自身はそれを認識しておらず、逮捕されて初めて気づいたなどという。気づかなかったのは認知の歪みだと言うのだが、それは自己肯定的すぎるだろう。そうじゃない。彼は自分勝手だっただけだ。


彼は言う。

努力をすれば報われるとか夢は必ず叶うとか言うけれど、自分は努力する方法すら知らないし、努力の先の果実も見えないし、夢なんて持ちようもなかった、と。


しかし同時にこうも言う。

自分は地元一の進学校に行ったと。そこに行かなければ両親に殺されると思ったからガマンして勉強したと。ガマンは努力ではない、と。殺人鬼に追われた人が逃げるのを努力と言いますか? と。

詭弁だ。

進学校に行くことが彼にとって意味があったからガマンしていただけで、殺されると思ったなら、文字通り逃げれば良かった。しかし家出する勇気もなく、やはりどこかで両親の承認を得ようとしていたという言い方もできるし、もっと言えば、努力しなくても進学校に行けたのだ、と暗に自慢している自己顕示欲に無自覚なのは、もう、どうしようもない。


確かに彼は、両親から愛されていなかったかもしれない。

学校でもいじめを受けて、認知が歪んで生きてきたのかもしれない。

そういう「社会から外れた人」を救う機能としてのオタク化やネトウヨ化といった方法も自分には合わなかった、と彼は言うが、EXOにハマった彼はまぎれもなくオタク気質だし、他人への攻撃性もネトウヨの素質十分だ。そこに乗っからなかったのは、単に大勢と同じ道を歩くのは嫌だったからだと思えてならないし、結果としてEXOにハマり、中韓ではなく日本人が嫌いだとか言ってしまうのも、自分は他人とは違う、システムになんか乗ってたまるかという意識が垣間見えて仕方がない。


彼の抱えている不満や不安や多くの人が抱えているものだし、彼自身の文章力も多くの人が持っているものだ。

彼は特別でもなければ、頭のいい人間というわけでもなく、冒頭に書いたような、その犯罪を行わなければ自らのアイデンティティが崩壊してしまうがゆえに犯行に及ぶ、ある種の「型」にはまっただけの、いい歳して就活生みたいな自己分析をして陶酔しちゃった幼稚な人、というのがぼくの感想。


文章というものは、本人が意図せずとも、本性が現れる。







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