子どもに「考える力」を養わせるにはどうしたらいいかと尋ねる親がいるが、まずその質問を改めないと意味がないことを誰か教えてあげた方が良い。 とはいえ、なんて答えるべきだろうか? 質問の本意は「どういう育て...

子どもに「考える力」を養わせるにはどうしたらいいかと尋ねる親がいるが、まずその質問を改めないと意味がないことを誰か教えてあげた方が良い。




とはいえ、なんて答えるべきだろうか?




質問の本意は「どういう育て方をすれば考える力が身につくのか」ということだと思うが、そもそも育て方に多くの種類はない。子どもは、親の仕事や性格により、おおむね二つの生き方を選択するしかなく、それを拒否することは出来ないのだから。


一つめは親により「正しい道」へ行くための道筋を与えられるケース。

子どもはその道の中では自由な選択が許されるが、当然その道の範囲内でしか「思考」せず、その中でのみ通用する生き方を獲得する。

例えば医者になる道が正しいという家庭であれば、とりあえず医者の中で何科を選ぶかは自由だ。

このケースの場合、そのまま「正しい道」へ行ければ、その道は安穏としているかもしれないが、道を外れざるを得ない場合──失敗や事故により道が阻まれた場合には、途端に思考と人生が停止してしまう。


二つめは、「なんでもさせてあげるから好きなこと、向いているものを自分で選びなさい」と、習い事や塾、趣味、旅行など多くのことを経験させて、極力「道」を示さずに成長させるケース。

多種多様な経験を積むことにより、どのような場面でもそれなりにそつなくこなし、器用に立ち回る生き方を獲得する。

しかし人によっては、飽きっぽく何事も長続きしなかったり、極めて不安定な仕事を選んで「自由なようで不自由な人生」を生きる場合もある。

例えば映画なんてその最たるものだ。役者も監督も脚本家も、売れているのはほんの一部(それも才能は関係ない)。


もちろん、そのどちらの生き方でも、大成功する人はいるわけで、どちらが良いわけでも悪いわけでもない。

おそらく、どんな恵まれた家庭に生まれた子どもでも、人生がずっと右肩上がりなんてことはないはずで、その人なりのどん底を経験したり、賭けに出る場面を通過していることだろう。学校でも職場でも、選択と決定に直面しているはずだ。


「考える力」はそのときに発揮される。


決定しなければいけないことが、いわゆる「段取り」や「要領」に類することであれば、職能を積み重ねれば誰でも対処できる。単純に経験値と技術の問題だ。


そうではなく、答えの出ない問題にどう対処するかが、冒頭の「考える力」の真骨頂だ。

その人がどういう育てられ方をしていたにせよ、そうした瞬間は、一人の個人としての即断が求められる。


心理学的に言えばこの瞬間は「葛藤」している。

好きなことと好きなことのどちらかを選ばねばならぬとき。

どちらも嫌いだけれどもどちらかを選ばねばならぬとき。

好きだけれども損をして嫌いだけれども得をするとき。


医者として何科を選ぶべきなのか。

医者を諦めざるを得ないとき、これからどうしたら良いのか。

役者として家族を作らず生きていくのか。

実家に帰って家業を継ぐのかまだ東京で踏ん張っていくのか。


こうした葛藤において即断するために必要なのは「考える指針」で、その「指針」はその人の思考のほとんどに影響を与えている。

そして「指針」がないと、どうしたら良いか悩んでしまい、答えを先延ばしにしたままずるずると生きていくことになる。


その「指針」が社会的に正しいかどうかは関係ないし、その都度変わったって良い。

ただ単に、それがあれば人は「考える」ことができ、答えのない問題にも答えを出すことが出来る。


考える力を養おうと思うと大変だが、「指針」を集めるだけならそう難しくはない。


「あ、こういう状況、確か黒澤明も陥っていたな。あの人はこういうときどうしたんだっけ」


そう思い当たるだけでも、思考の無限ループは終わる。

親が「指針」を持っていれば子どもに伝えることが出来るし、実際経営者の二代目などはそうだろう。けれどもその「指針」がすべてになれば、間違った判断をすることもあるから、結局優れた経営者は常に読書を怠らない。


そう、「指針」は読書することでいくらでも集められる。


つまらない本も、別の本と掛け合わせることで、何か新しい考え方に生まれ変わるかも知れない。


読書は人生の素材集めなんだよね。


追記:


ちなみに論理的思考というのは、「なぜ」には答えてくれるけれども「どうしたらいいか」には答えてくれないんですよね。理由がわかったってやりたくない、けれどやらねばならない、という状況はあるわけで、その「葛藤する心」を納得させるために役に立つのが様々な「指針」なのではないかな〜ということです。






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