就活女子 「20時退社」が「キラキラ」とこだわり持つ人多数(NEWS ポストセブン) - Y!ニュース

就活女子 「20時退社」が「キラキラ」とこだわり持つ人多数(NEWS ポストセブン) - Y!ニュース:

まあね、就活をしなかったぼくが大口を叩くのもあれだけど、35になってみて一つ言えることがあるとすれば、




「入れる会社には入っておけ」





問題のない組織はない。

三年前はキラキラしてた会社も、いまは大赤字出して批判浴びるとか、そういうもんだしね。

結婚相手が見つかるとも限らないし、出産できるとも限らないし。

あんまり先のことを考えすぎると、疲れますね。

「未来」を考えるなとはいわないけど、「いま」が充実していない人ほど未来を語る傾向にある。それは自分の未来のみならず、社会制度や政治経済を含む多種多様な未来の話。

「いま」を充実的に動いている人の「未来」は充実するだろうし、「いま」を無為に過ごしていれば「未来」も無為だろう。







しかし一方で、「未来」予測が甘い人の「いま」は結果的に無駄になる、ということもある。

一言にすれば



「がむしゃらにやればいいってもんでもない」





そうなってくると一番良いのは、未来予測をいくつかパターンとして持っておきながら、いまできる最善を積み重ねる、ってことしかないよね。

結果来たのが、最善の未来ではなくとも、予測していたパターンの中に収まる未来であれば「まあ想定内」ってことでストレスやフラストレーションを感じないで済むわけで。



しかしなかなかそんな風には考えられないのも事実なようで…。



学生はもちろんだけど、社会人になってからも資格や技能などを磨こうと頑張る人たちっていますが、それが「数パターンからなる未来」を予測した上での行為なのか、「最善の未来」しか興味がない上での行為なのか、気になるところです。



例えば「○○円以上の年収の男性と結婚して子どもは○人で家は○歳まで購入して○歳でこういうキャリアで…」なんて具体的に未来を語ってそのために「いま資格を取ったり技能をつけてキャリアアップを図る」という人がいるとします。

その未来が「最善の未来」としてみるとそこからどれくらいパターンを予測できているか。

もしその「未来」しか想定できていないとすると、これはつまり、年収が希望以下なら男性とはお付き合いしません、ということですから、その「未来」の大半はやって来ない確率もありますよってことで、それは誰が悪いわけでもなく、あなたの「未来予測」が甘かったというだけのことですよね。

いくら「わたしはこんなに努力して、料理もできるし、栄養も考えられるし、美容にも気を遣ってるし、年収もそれなりにある…なのに結婚できないのはなぜ?」と叫んでも、それは「あなたの想定していた未来が来なかっただけで、要するにその努力は無駄でした」としか言えないわけです。







「がむしゃらにやればいいってもんでもない」







良い未来、悪い未来、ふつうの未来、成し遂げたい未来、くらいの四パターンくらい考えておいて、あとはいまできることを精一杯やるってのが、結局幸せになる近道なんじゃないですかね?









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