大手と同じ道を歩むことが若手映画人にとって幸せなのか?

15日にクランクインするゾンビ映画がある。




これは短編ではなく長編でもなく中編と言うべき、50〜60分の作品なんだけど、16ミリで撮影してデジタルで編集という今時のやり方でいかにも映画作品、という感じがするものの、実はこれ、京成小岩に誕生した新築アパートの「コンセプトPR映画」なんです。


新築の物件使ってゾンビモノ撮るというのは、まともな映像制作会社や広告会社はやらないだろうし、そもそもPRするのに苦労して映画を作ることもないでしょう。


でもね、だからこそぼくの出番があるわけで。


あらゆる業界において、勝ち残るのは1位と2位だけで、あとは淘汰されると言われていますね。


生き残るためには付加価値こそが重要ですが、特に市場規模の大きい不動産関係の世界は、1%の人が興味を覚えれば100億円くらいは売上げが立つそうで。


大手と張り合っても仕方がないし、大手が王道を行くからこそ、特徴ある付加価値が生きてくる。


映画というのは、今後そういう道も模索していくべきだと、ずっっっっっっと思ってるんだよね。


CMは15秒とか30秒と相場が決まってる。


PR映像だって、長くても10分程度でしょ。


だけどそれらが流れる媒体の出稿料金の高さと言ったら。


一秒単価を考えたら、映画の方がよっぽど良い。


新聞に出稿したり、テレビCMを流すよりも、映画を作れる方が信用度高くなるんじゃない? っていうのが、そもそもの発想だったわけですが、実際、映画館に顧客を呼んで、映画見てから営業トークした方が、1%の心を掴むのは早いと思うんだ。


そしてこの仕事が成功すれば、もっともっと売上げの大きい会社へも乗り込める気がする。視聴率を信じていない経営者ってのは、かなり多いからね。


だってね。


CM枠を買うよりずっと安い値段で、映画館のスクリーンを一週間借りられるし、CMを作るのと同じくらいの予算で、映画が撮れちゃう時代ですからね〜。多くの人はまだ、映画を作るのには多大のお金がかかると思っている。それは、確かに、かかりますよ。でもその金額は、映像による宣伝広告費としてみれば、割安なわけです。



実は映画製作というのは全世界的に二極化していて、一つはスター総出演のメジャースタジオ映画。もう一つはその100分の1以下の予算で作られるアート系、独立系────という言い方ももう古いけど、要するに非メジャー映画。昔はこの中間地点というものがあったけれど、いまは、その中間地点の作品がほとんどといって良いくらい見向きもされない。



スピルバーグが「アメリカ映画は超大バジェットの映画だけが製作されるようになり、それ以外はテレビのオンデマンドで流れるようになるだろう」とコメントしていましたが、そういうことなわけです。


でもアメリカ映画の市場規模は1.5兆円ですし、ケーブルテレビやオンデマンドテレビの発展からしても、日本よりはマシですね。


一方日本映画は製作本数も興行収益も中国に抜かれ、10年後はどうなっているかわからない。テレビの視聴者数も減少傾向だし、ネットの配信が流行っているかというと……まだまだですよね。


じゃあ東宝以外の会社はどうするんですか? 500万〜3000万円程度の予算で3年に一度なんとか映画を撮るなんていうやり方で、粗利をどれくらい取れるんでしょう? 無理でしょ。ランニングコスト減らして、過去の権利を運用してなんとか生き残るのが関の山でしょ。地元のTSUTAYAなんかこの連休、DVD5本レンタル100円ですって。


映画の価値ってそんなもんじゃないでしょ?


────というお話。


だけど、映画のプロデューサーさんたちとお話ししても、こういうことを話せる人って本当に少ないね。


まあ、脚本がわからない、機材を知らない、ワークフローを語れない、そういう人が「製作者」名乗ってるんだから、しょうがないかなと思う部分もあります。




人を育てる余裕もないし、業界を変革していこうという気概も持てる状況じゃないですしね。


だから結局、1位と2位の争いに巻き込まれ、淘汰される運命にあるんでしょう。



若手と言われる映画人は、数年後か数十年後か、その大渦の様子を中で見るか、外で見るかの選択に迫られる。




中に飛び込んで渦ごと消し去るという大技にでる人がいればいいけど、まあそうはならないでしょうね。







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