生活保護の不正受給を今更騒ぐ気持ち悪さって何だろうか。

ぼくは芸人さんともそんなに付き合いないし、テレビ局の人間でもないから擁護する必要全くない上で言うけれども、生活保護の受給に正当も不正もないっていう風に思ってるんですよ。だって手続きが正当であればもらえるのだから、正当も不正も織り込み済みじゃないですか。それに、これって今更言うのもバカバカしいくらいだけど、利権でしょ。利権ってそういうものだし、同時に、利権には税金が使われるのは当然であって、そんなことは全く問題ではないと思うわけです。不正受給について問題があるとしたら、手続きで不正を発見できなかった行政側だけれども、それはまた別のお話で、今回は個人を叩いてでも今更問題を盛り上げようとする「気持ち悪さ」のこと。

そもそもお金というのは「ヤるかヤラれるか」の瀬戸際で奪い取っていくものだから、生活保護もその一環と捉えるなら、バレなきゃどう儲けたっていいだろうというような、ブラック所得の一つに過ぎないわけですが、不労所得ですから悪い話じゃないですよ。

もちろん、それを恥ずかしいと思うか思わないかという点で議論の余地はあるけれども、「良心」を一般化することはあまり意味がないと思うので(でなければ法律は要らない)もうちょっと別の角度から見ると、利用者がいる以上、色々な需要と供給がある。それが資本主義の大好きな市場原理じゃないですか。

実際、貧困ビジネスという言葉が流行ったとおり、生活保護向けのビジネスも発生しているわけです。もしこのビジネスから国へ多少なりとも還元されているのだとしたら、不正受給だろうが何だろうが「全く無駄」というわけではなくて、限りなくグレーだけれども立派な経済行為ということになります。

さて、生活保護予算が3兆円という規模なら、その市場を至極真っ当に成長させ、成熟させていった方が、不正受給を取り締まる経費や罰金額と比べて、よっぽどマシだと思う人がいてもおかしくないような、そんな気がしている今日この頃、そのためにはどうしたらいいかと考えてみると、まずは生活保護制度を改正してグレーをホワイトにするという「名目」が必要になるんじゃないかと思うわけです。この場合の「名目」は当然「世論」ですよね。「世論」を動かすのはマスコミで、マスコミを動かすのは「ニュース」で、「ニュース」には出演者が必要ですから、なんだかできすぎたシナリオですよね。予定調和は勧善懲悪だけにしてもらいたいものです。

生活保護はセーフティネットなどと言われたりしますが、資本主義の人間が経済弱者を本気で救おうと思いますかね。